板橋 昌夫 早稲田大学先進理工学部・研究科出身者の社会での活躍を紹介しています。

ソニー株式会社
先端マテリアル研究所 材料解析センター 
チーフマテリアルリサーチャー

板橋 昌夫

Itabashi Masao

略歴

1983年、大学院理工学研究科応用科学専攻博士課程修了後、ソニー株式会社に入社。中央研究所材料解析研究グループに配属、途中1年半の研究企画部門を除き、一貫してエレクトロにクス分野における材料・デバイスの評価解析に携わる。2003年から材料解析研究センター統括部長に就任。2013年より現職。
化学科(現・化学・生命化学科)でラマン分光による構造解析を研究された板橋昌夫さん。化合物半導体、コンパクト・ディスク、有機エレクトロニクスデバイス等、様々な材料・デバイスの評価解析に取り組み、ソニーの技術開発を支えてこられました。現在は材料解析センターのチーフマテリアルリサーチャーとして、社内横断的なプロジェクトのリーダーを務めていらっしゃいます。

変化に対応できる力を身につけ、諦めずに取り組み続ける

Q

どのような経緯で、化学科を選ばれたのでしょうか?

大学で応用化学を教えていた父の影響もあり、最初は応用化学科に入学しました。授業を受けるうちに、物理化学や量子化学の方が面白そうだと思うようになり、2年生進級時に化学科(現在の化学・生命化学科)に転科したのです。

卒業研究で伊藤紘一教授(現・名誉教授)の構造化学の研究室に入り、赤外吸収やラマン散乱などの振動分光を用いた分子構造の解析実験を始めました。当時化学科は新設されたばかりで先輩がほとんどおらず、少人数で和やかな雰囲気の中、教授から直々にご指導頂けました。解析手法の研究がメインテーマであるにもかかわらず、解析対象となる試料も自分たちで合成するという方針で、非常に大変でしたが、研究の全体像を学ぶことができ、基礎力が着実についたと思います。深夜まで実験して、その後飲み、大いに語り、終電を逃すこともしばしばありましたね(笑)。

修士課程を修了後に就職するつもりでしたが、丁度その頃に、表面増強ラマン散乱 (Surface-Enhanced-Raman-Scattering;SERS)という現象に出会い、これを利用することで、今まで見ることができなかった分子の酸化還元反応などを観察できるようになりました。この現象に強く興味を引かれ、もう少し研究をしたいと考えて博士課程に進学し、SERSを中心に研究を進めました。

Q

入社されてから今まで関わってこられた研究開発についてお話し頂けますか?

1983年にソニーへ入社し、ほぼ一貫して材料構造解析に携わってきました。一言で構造解析と言っても、シリコン半導体、化合物半導体から強誘電体など、材料が変われば全く異なる知識が要求されましたので、その都度、必死に勉強して少しずつ知見を蓄えてきました。もちろん、すべてゼロから勉強し直しというわけでもなく、博士課程で研究したSERSを活用することで良い結果を得られた事例もあり、大学で学んだことをうまく企業で活かすことができたと思います。

特に印象深い仕事は、入社7年目の30代前半に、信頼性物理を研究するグループの立ち上げを任されたことでしょうか。信頼性物理は、「材料やデバイスが壊れたり劣化するメカニズムを解明し、寿命を物理的・化学的、そして統計学的に予測する」、という私にとって新しい分野でした。当時ソニーは、フィリップス社とコンパクト・ディスク(CD)を共同開発して市場に出したばかりでした。半永久的に使用できることを売りにしていましたが、本当の寿命を科学的に評価してほしいという依頼を受けたのです。様々な試験や分析をくり返した結果、30~50年は持つことを裏付けることができ、さらに寿命を延ばすための指針も得られました。そこで、この成果を持って、初めて仕事として海外に渡り、CD製造工場のあるアメリカ・イリノイ州のテレホート、オーストリアのアニフなどを訪ねました。聞き取り難い英語に苦労しながらも、評価結果や新しく得られた知見を伝え、現地のエンジニアらと改善策についてディスカッションしました。徐々にコミュニケーションできるようになり、ひとつの自信につながりましたね。

Q

その後、材料解析センターの統括部長に就任されたわけですね。

2003年から総括部長となり、マネージャーとしての役割が主となりました。力を入れて取り組んできたのは、有機エレクトロニクスデバイスの評価解析手法の確立です。ソニーでは有機ELテレビを初めて世に出したほか、有機半導体や色素増感型太陽電池等の開発も当時盛んでした。有機物は非常に繊細で、すぐに壊れてしまいます。ですから、有機材料を損傷させずに構造を知ることができる新しい評価手法の開発が必要なのです。また、国家プロジェクトによって建造されたSPring-8地球シミュレータなども積極的に利用しています。先駆的な構造解析と、得られた解析結果に基づいた物性計算、さらに計算から見えてくる新規材料の合成への指針、三位一体のプラットフォームの構築に向けて尽力しています。

プロジェクトからの解析依頼が、日々大勢のエンジニアから届きます。これら眼前の課題に加えて、2~3年後に必ず求められると予測される新しい解析技術の開発にも取り組まなければいけません。これらのバランスを取るのがマネージャー業務の難しいところであり、また、腕の見せ所であると感じています。

Q

ソニーで活躍できるのはどのような人材でしょうか?

ソニーは組織縦割ではなく、多くはプロジェクト形式で研究開発を進めます。複数の部署から専門性を持った人材が集まり、中には入社後2-3年の若手もいれば、ベテランのエンジニアもいます。若手であっても、皆が納得するような論理的な提案であれば尊重しやってみよう、という公平で自由な空気があります。また、古くから「社内募集制度」という仕組みがあり、様々な部署での人材募集に対し、上司に報告せずに手を挙げることができるんですよ。従って、手塩にかけて育てていた部下から「社内募集制度で移ることになりました」と言われがっかりしたこともあります(笑)。でも、そのように自主的にやりたいことを見つけて切り拓いていく人は、言われたことをそつなくこなすだけの人よりも最終的には成果を出すと考えています。自由や自主性、多様性を重視するソニーの社風は、創業者の一人であり、早稲田の大先輩である井深大さんが大切にされていたことですね。

Q

後輩たちへのメッセージをお願いします。

私が材料解析に携わってきた約30年間で、日本という国も、エレクトロニクス産業を取り巻く状況も変わりました。数年後はある程度見通せたとしても、この先20年、30年の未来は誰にも予測できません。そこで重要なのは変化に対応できる力を身につけることです。会社で業務に従事するとなれば「自分の専門ではないので出来ません」とは言えません。また、技術はどんどん細分化すると同時に、新しい技術によって今まで積み重ねた技術が陳腐化することもあります。それらに対応するためには、基礎を固めて自分の専門を掘り下げたうえで、さらに周辺領域にも関心を持ち、間口を拡げる努力が求められます。続けていれば、うまくいかないことに必ず直面しますが、途中であきらめてしまえばそれで終わりです。興味や関心をもってやりがいを見つけ、粘り強く取り組み続ける気持ちを大切にしてください。

Q

ありがとうございました。

聞き手・構成

會沢優子(早稲田大学アカデミックソリューション)

※所属はインタビュー当時のものです。

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