合田 亘人 早稲田大学先進理工学部・研究科に所属する教員の研究内容を紹介しています。

生命医科学科/生命医科学専攻

合田 亘人教授

Goda Nobuhito

略歴 カリフォルニア大学サンディエゴ校生物学リサーチフェロー、慶應義塾大学医学部助手、専任講師、准教授を経て2007年から現職。慶應義塾大学医学部非常勤講師。細胞の低酸素環境に焦点を当て、低酸素と病態の発症・進展における分子的機構解明に取り組む。2010年、「アルコール性脂肪肝におけるHIF-1の機能解明」により、第30回アルコール医学生物学会研究会において高田賞受賞。
主な担当科目 生化学/分子細胞生物学A・B/臨床医学概論/生命医科学実験II/分子病態医化学研究/分子病態医化学演習A・B
体内の化学工場と言われる肝臓。エネルギー代謝や解毒などさまざまな機能を持つ体内最大の臓器で、皆さんが多くの機会にコミュニケーションツールとして嗜まれる「アルコール」を代謝する臓器であることも多くの方がご存知の通りです。しかしながら、飲み方を間違えてしまうと肝臓の糖・脂質代謝の流れが変わり、中性脂肪が肝臓に蓄積されてしまいます。この状態をアルコール性脂肪肝と言いますが、この発症・進展過程を分子レベルで解明する研究をはじめとして、生体における低酸素応答の中心的転写制御因子である低酸素誘導因子(Hypoxia Inducible Factor;HIF)に着目して研究を進めているのが、生命医科学科の合田亘人教授です。

HIFの役割を解き明かす

アルコールを大量にかつ慢性的に摂取することで、肝臓への血流(酸素供給)は増えますが、肝臓の酸素利用が制限された低酸素状態になることが知られています。低酸素状態ではHIFの発現が亢進しますので、アルコール性脂肪肝の発症・進展に対してもHIFが何らかの影響を与えているだろうと考え、その解明に取組んできました。結論として、HIFが肝臓の低酸素状態に応答・活性化することでアルコール性脂肪肝を増悪させるのではなく、むしろ脂肪肝の発症・進展を抑制する防波堤の役目を持っていることが分かってきました。一方、巷でよく耳にするメタボリックシンドロームでも肝臓に脂肪が蓄積し、そこに慢性炎症が重なり非アルコール性脂肪性肝炎が発症することが報告されています。この病態の増悪にもHIFが係わっていることが最近の研究成果から少しずつ明らかになってきています。詳細な解析途中ですので、HIFがどのような分子メカニズムを介して2つの病態に対して防御的に働いているのかはこれからの課題ですが、この研究が新しい診断法や治療の礎になると期待をしております。

図1 アルコールの慢性大量摂取により脂肪肝が発症する。赤く染まった部位に脂肪が沈着していることを示す。

図2 HIF機能の概念図:酸素需給機構において、HIFが遺伝子発現を調節することにより低酸素ストレスに適応している。このバランスに変調をきたす、あるいは破綻すると、ヒト疾患を発症すると考えられる。

研究テーマとしての「肝臓」:医者から基礎研究の世界へ

研究対象としての肝臓との出会いは、医学部を卒業し産婦人科医として3年間の臨床研修が終わった後に進学した博士課程の時です。専攻は外科系産婦人科学でしたが、当時は少しずつではありますが病気の原因に直接係わる「遺伝子」を解析する手法を誰でも簡単に取り組むことができ始めた頃で、その扱い方について医学部内基礎系研究室の1つ医化学(慶應義塾大学では生化学とは言わずに医化学と言います)で修練を積むことになりました。そこで、自分のバックグラウンドである産婦人科領域とは無縁の「肝臓の微小循環(毛細血管)制御機構」に関する研究に携わることとなったのです。その時、直接指導して下さった末松 誠講師(現、慶應義塾大学医学部長)が、ラット肝臓の微小循環において血液が実際流れている鮮明な映像を見せてくださったのですが、その映像のインパクトに感動して魅せられた、というのも現在まで肝臓に興味を持ち続けて研究を続けている理由かもしれません。

自分なりに面白いと思えるものを見つけよう

博士課程在学時は、異分野の領域ではありましたが自分なりに面白いと思うことを探した結果、多くの実験手技の修得について勉強を始めた時期でもありました。誰でも研究者としてのスタートは「与えられた仕事」になるものだと思います。与えられた環境の中で、どれだけ自分なりに研究に取り組むことの楽しみを見いだせるか、また独自の発想のもと(例え突拍子なことであっても)自分なりの考えを持つことができるか、がとても重要だと思っています。また、これは学生にいつも言っていることですが、彼らが研究室に一歩入ったときから、学生としてではなく研究者の一人として扱います。研究者として、現象に対して自分なりの仮説を持ち、その仮説を自ら実験で検証していく、その過程を楽しんで欲しい。成果を出すことにも追われることとなりますから、実際には楽しいことばかりではありませんが、自分がその実験結果を見ることができる「世界で最初の研究者」になりえるのだという感動を持って取り組んでもらいたい、と思っています。

医者として、研究者として

元々、産婦人科を選んだ理由は色々とありましたが、当時は「診断から治療(特に手術で治療をしたいと考えていました)まで患者さまとずっと向き合うことができる」ということが一番の理由でした。それ故、現在取り組んでいる研究に関しても何らかの形で「診断から治療まで」の流れに少しでも貢献できるテーマを推進したいと思っています。これを実現するには、分子から個体に至るさまざまなレベルで、多方面からの詳細な解析を行い、それを統合的に理解することが必要だと感じています。例えば、ある病態モデルをマウスに再現したときに、ある臓器の特定の細胞における遺伝子の機能を詳細に解析することは重要ですが、その遺伝子変化が同一臓器内の他の細胞に、あるいは他臓器の細胞に働きかけることで、個体レベルでどのような表現型を示すのかを解明しなければ、「木を見て森を見ず」となってしまい、結局は病気の本質を見失ってしまい独りよがりな研究となってしまいます。これは研修医時代に先輩医師から言われた教訓である「医師は患者さまの検査データだけを見てそれを正常に戻すことをだけに囚われずに、患者さまの声を聞き観察をすることで病気の本質を捉え、最終的には苦しみを取り除き少しでも元の健康な状態に戻すことである」に似ていると思っています。

医学部がない早稲田大学において、医理工融合を目指す学科に籍を置いているのですから、将来学生に医科学領域で活躍することを期待して、自分が経験し感じてきたことを自分の言葉で伝え、また、実際の医療現場を見せる機会を提供できれば、と考えています。もっと密に、医療現場を見て、医者をはじめとする医療従事者や患者さまの話を聞き、学生一人一人が「何のために今の勉強をしているか」また、「より良い未来のために自分は何ができるのか」を明確にできるようになってほしい。「対岸の火事」ではなく、自ら現場に入り、考え、本当の意味で「医療のため・健康のため」の研究をするような理工学系の研究者が増えれば、今よりもはるかに有効な診断法や治療法の開発に繋がる可能性が拓けるのではないかと期待しているところです。

図3 医理工融合を目指す教員が集結している東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設(通称:TWIns)。合田先生も普段こちらにいらっしゃいます。

研究室ホームページ

※所属・役職・研究内容はインタビュー当時のものです。

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