武田 直也 早稲田大学先進理工学部・研究科に所属する教員の研究内容を紹介しています。

生命医科学科/生命医科学専攻

武田 直也准教授

Takeda Naoya

略歴 1998年東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻博士課程修了。2001年東京女子医科大学先端生命医科学研究所助手(脳神経外科助手を兼任)、2004年早稲田大学生命医療工学インスティテュート講師。2005年同助教授、2007年より早稲田大学理工学術院准教授(現職)。
主な担当科目 生命科学概論A・B/有機化学/分析化学A/生命機能材料科学/医工学特論/生命医科学ゼミナールI・Ⅱ/理工学基礎実験2B/生命医科学実験II・IV・Ⅴ/生命機能材料科学演習/生命機能材料科学研究
医学、工学、化学、材料科学、生物学、薬学など多様な学問領域が融合して、次世代の医療技術を作り出す新しい学術領域、「バイオメディカルエンジニアリング」が創成されつつあります。近年の再生医療の開発においては、幹細胞を特定の体細胞へ分化誘導するなど細胞を操作することや、細胞から生体機能を持った組織や器官を作製することが、大きな注目を集めています。生体材料工学的なアプローチによって、医療現場に寄与するこれらの技術の確立を目指しているのが、生命医科学科の武田直也先生です。

融合領域研究:バイオメディカルエンジニアリング

私の携わっている研究がどのような領域に属するのかを考えると、視点によってさまざまな分野に分類できます。例えば、バイオマテリアル、マイクロ・ナノバイオテクノロジー(微細加工技術)、細胞工学、再生医療などが挙げられます。これは、私達の研究が、医学、工学、化学、材料科学、細胞生物学などの多くの学問が境界を接してさらに融合しあう(する必要のある)領域だからでしょう。この融合領域の科学を大枠でとらえて、バイオメディカルエンジニアリング(BME)と呼ぶこともあります。BMEは、工学者、理学者、薬学者、医者など学術界を横断しながらさらに産業界からも研究者が集い、幅広い分野への興味や知識、専門性を共有し協力しながら次世代の新しい医療技術を開発して、患者さんを始め広く人類に貢献するという目標に挑んでいく、魅力的な研究領域だと思います。

材料表面を利用して細胞を操作する

細胞は自分を取り巻く環境から影響を受けて、ある状態を維持したり大きく挙動を変化させたりします。この周囲環境(微小環境とも呼びます)には、隣接する細胞やホルモンのような生理活性因子が含まれます。これらに加えて近年大きな注目を集めているのが、細胞が接着する基質や材料からの影響です。血液の中を流れる血球のような浮遊している細胞とは異なり、私たちの体を構成する多くの細胞は、細胞同士で接着したり、細胞以外のコラーゲンなどからなる組織に接着しています。体から細胞を取り出してシャーレで培養する場合は、シャーレの床面に接着して運動したり伸展したり増殖もします。

硬さをさまざまに変化させたゲルの上で細胞を培養する実験が、アメリカの研究者によって行われました。用いた細胞は間葉系幹細胞(MSC:Mesenchymal Stem Cell)です。MSCはES細胞やiPS細胞(※注記)ほどには万能ではないのですが、骨、軟骨、筋、脂肪や、条件によっては神経の細胞などに分化する能力を持っています。この実験では、生物の組織の硬さとそこに存在する細胞の組み合わせに倣うかのように、柔らかいゲルの上で培養したMSCは神経系の細胞へ、中程度の硬さでは筋に、硬いゲルでは骨系の細胞への分化誘導が見いだされました。

一方、私の研究室では、細胞が接着する材料表面の形状を上手くデザインし、MSCの分化誘導を調べています。具体的には、幅と深さが数百nm(ナノメートル:1 nm = 1/1,000,000 mm)の細長い溝を表面に設けて、この溝の底にしか細胞が接着できないように他の表面はある有機化合物で覆ってしまいます。1つの細胞の大きさはおよそ10 μm(マイクロメートル:1 μm = 1/1,000 mm)程度です。自分の1/100ほどの微小な溝に接着を余儀なくされたMSCは、この微小環境に影響を受けて、溝に沿って伸展しながら神経や骨系の細胞へと分化し始めることが分かりました(図1)。

幹細胞の分化誘導というと、生理活性因子を用いた手法が一般的に行われてきましたが、材料表面を用いた手法は安全・迅速・大量・安価に分化誘導できる新たな技術へと発展し、再生医療に貢献できると期待しています。

(※注記)ES細胞(Embryonic Stem Cell:胚性幹細胞)、iPS細胞(induced Pluripotent Stem Cell:人工多能性幹細胞)、どちらも非常に多くの細胞へと分化することができると同時に、増殖することができる性質を持っている細胞。

図1 (上)幅と深さが数百nmの細長い溝の断面をとらえた電子顕微鏡像。(下)その細長い溝で培養し、著しく伸展したMSCの模式図。

細胞から大きな三次元の生体組織をつくる

再生医療の発展には、細胞から実際に生体組織を作り出す技術も重要であり、その研究も進めています。先ほどのMSCの研究では、平面の材料の表面に細胞を接着させて培養をしていました。これは二次元での培養です。しかし、生物の体は三次元で、しかも細胞は秩序をもって集積し組織を形成します。そこで、工学的に三次元の生体組織を作製するためには、細胞の培養場(培養足場)への工夫が必要になります。

私の研究室では、大きな三次元の骨格筋組織の作製に取り組んでいます。生体の発生においては、骨格筋は筋芽細胞という細胞が元になっています。筋芽細胞は縦に連なって融合し、筋管と呼ばれる組織を形成します。さらにこの筋管が筋繊維に成熟しながら束状に集まって(トリ肉のささ身を思い浮かべて下さい)、骨格筋となります。そこで、工学的に骨格筋を作製するために、この一連の動きを誘導し得る足場材料を開発しました。材料に用いたのは生体材料であるコラーゲンです。このコラーゲンで長さは1センチメートル、太さは数マイクロメートルの極細の繊維を作り、数マイクロメートルの間隔で向きを揃えて、ハープの弦のように張った足場をつくりました。ここで培養した筋芽細胞は、弦の上や間の360°の空間に保持されながら弦に沿って一方向に並び、さらに細胞同士の融合がおこり、筋管が形成されました。この筋管の形成が複数の弦において起こり、全長1センチメートルの巨視的な三次元の骨格筋組織を作製することに成功しました(図2)。さらに、この骨格筋組織は生体組織と同じ構造と機能をもつことも見いだしています。つまり、横紋とよばれる模様を示し、収縮する能力があるのです。

次のステップとして、この骨格筋組織に、やはり工学的に作製した神経組織をつなげて、神経からの情報入力によって筋肉を動かしたいと考えています(図3)。また、より大きな三次元組織を作り上げるには、組織の内部へ酸素や栄養分を供給し、老廃物を回収する血管組織も必要です。このような三次元の神経組織や血管組織も、生体材料工学の技術を駆使して構築を試みています。これらの機能をもった生体組織を、再生医療に役立てることを夢見ています。

図2 (左)筋組織をつくるために独自に開発した、「ハーブの弦」の形状をした細胞培養の足場材料と、(右)細胞から筋組織が形成されていく流れ。

図3 神経からの情報入力で骨格筋を動かす複合的な組織を工学的につくる(夢)。

早稲田大学と東京女子医科大学とTWInsと

私がバイオメディカルエンジニアリングの研究を始めたのは、早稲田大学の前に東京女子医科大学・先端生命医科学研究所に勤務していた時からです。病院に隣接する施設での研究を通して、いろいろな面で刺激を受けました。救急車のサイレンは実験室から毎日のように聞いていましたし、春になって陽気が良い時には点滴スタンドを引きながら散歩を楽しむ患者さんの姿を目にし、このような患者さんのために少しでも役に立つ研究がしたいとモチベーションが上がりました。研究所には生物学者や臨床の医師が多く参加されており、それまでに私が経験したことのない実験も行われていました。そんな実験者の傍に立って、(相手は迷惑だったかもしれませんが)「これはどんな実験なのですか」「ちょっと見せてもらってもいいですか」といったやり取りを通して、多くの教えや人との繋がりを得ました。それらは今でも大きな財産になっています。

写真1 TWIns2階のオープンラボは、生命医科学科の10研究室の真ん中に位置しています。開放的なフロアの中で設備や機器を共有することで、研究室間の交流を活発化し融合研究を促進しています。

その後早稲田大学に移り、「またすぐに一緒にできるよ」と別れを交わしたその場所に、現在では、早稲田大学と東京女子医科大学が共同で開いた「東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設」(通称TWIns(ツインズ)2008年竣工、先進Top Runner第2回参照)が建設されています。二つの大学は物理的な壁を取り払って一つの研究棟を共有し、私も一時離れたその場に早稲田大学の教員として戻り、東京女子医科大学の先生方と生体組織をつくる研究を進めています。病院の隣に研究施設をもつことは、物理的のみならず、情報を得る上でも、かつて私が感じたような研究者のモチベーションの向上の面でも、医学部を持たない早稲田大学にとって意義深いと考えています。

TWInsでは、早稲田大学の多くの若い学生諸子も研究活動に励んでいます。また、私が所属している生命医科学科は、工学、理学、医学出身の教員が集って融合研究を志向し、研究室間の壁を取り払ったオープンラボの実験施設を運用しています。他分野や他大学との融合研究を産みだしやすいTWIns・オープンラボという環境を大いに活用して、学生には積極的に研究の幅を広げて活躍してほしいです。

写真2 武田研究室は設立3年目と若く、一期生の大学院修士2年生(5名)が最高学年です。今では20名近くまでメンバーが増えましたが、少人数で研究室を立上げた当初からの「主体的に考えて、積極的に行動・挑戦する」ベンチャー企業のような精神を大事にしています。小さくまとまらず、現状に安んじること無く、アイディアをぶつけ合い飛躍的な発想を生み出し続ける姿勢を大切にしたいと思っています。

研究室ホームページ

※所属・役職・研究内容はインタビュー当時のものです。

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