青木 隆朗 早稲田大学先進理工学部・研究科に所属する教員の研究内容を紹介しています。

応用物理学科/物理学及応用物理学専攻

青木 隆朗准教授

Aoki Takao

略歴 2001年 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了、博士(工学)。東京大学大学院工学系研究科 助手、JST「さきがけ」専任研究員(カリフォルニア工科大学滞在)、京都大学大学院理学研究科 特定准教授を経て、2011年から現職。2008年度、科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。
主な担当科目 光学A・B/量子エレクトロニクス/物理入門/応用物理学実験B
なぜ物質には金属・半導体・絶縁体などが存在するのでしょうか?この問いに答えられる学問が量子力学です。この根幹には、原子や電子は粒子であると同時に波でもあり、逆に光は波であると同時に粒子でもある、すなわち「粒子と波の二重性を持つ」という考え方があります。原子や電子の大きさが無視できなくなってきた近代の材料工学・デバイス技術などにおいては、この二重性に起因する様々な現象が観察されると同時に、これを利用しようとしています。量子性があらわれるスケールの世界を相手に、光と物質との相互関係を明らかにし、さらにその制御技術を開発しようとしているのが、応用物理学科の青木隆朗准教授です。

物質と光、量子性と向き合って

高校生の頃から、自然現象を説明するツールとなる「物理」が好きでしたので、物理工学科を選びました。早稲田でいえば今の所属である応用物理学科が近いと思いますが、純粋な理学や工学だけに割りきれなかったので、どちらも学べる学科に進みました。学部3年生の授業で初めて量子光学という分野を知り面白いと思いましたが、当時は物質、特に半導体の持つ量子性や半導体と光の相互作用に、より強い興味がありました。そのため卒業研究では、連続したエネルギー(波)としての光が半導体の量子性に及ぼす影響を研究する「半導体励起子共鳴における非線形光学応答」をテーマにしました。物質は量子力学、光は古典力学に従うものとして扱いますので、半古典論といわれる分野です。実際にはじめると研究活動は想像以上に奥深く、修士課程の頃には研究の道を歩みたいと思うようになり、博士課程に進学しました。

「物質の量子性」に関しての博士号を取得できる見込みとなった頃には、今度は学部時代に興味をもっていた「光の量子性」について研究したいと思うようになりました。ちょうど同じ時期に、量子光学を専門とする古澤明先生(現、東京大学物理工学科 教授、世界で初めて量子テレポーテーションを実証)が新規に研究室を立ち上げることになり、博士号取得後、助手として着任しました。装置も何もないところから関わらせていただき、3年半が過ぎる頃には光の量子性に関するいくつかの成果を発表するに至りました。

新天地で新しい実験に挑戦

量子光の扱いが分かってくると今度は、作用する「相手」がほしくなってきました。学生時代に扱っていた半導体は、たくさんの原子の集まりであるため理論的に全てを正確に取り扱うことができず、実験結果を説明するために大きな近似をとらなければいけません。近似をとることで現象のおおまかな説明はできますが、物質が本来持っている量子性が隠されてしまいます。近似せずに説明できる「美しい」実験をしたいと思い、キャビティQED※系に関する世界的権威であるカリフォルニア工科大学(Caltech) Jeff Kimble研究室の門をたたきました。キャビティQEDは、数10立方マイクロメートルのごく小さな共振器に閉じ込めて量子化した光(粒)と、運動を止めた原子1個だけの相互作用を観察することができます。(常温では猛スピードで運動している原子の動きを止める技術であるレーザー冷却トラップ法は1997年に、キャビティQEDの実験技術は2012年に、それぞれノーベル物理学賞を受賞している最先端の技術です)

※キャビティQED(Cavity Quantum Electrodynamics;Cavity QED):QEDは量子電磁力学と訳され、原子や電子などの電荷を持った粒子(群)同士の電磁相互作用を説明する理論。キャビティQEDは、QEDの中でも特に、共振器(Cavity)内に閉じ込めた光(粒)と、そこに投入される原子との相互作用を観察する実験系や理論のことを示す。

キャビティQEDを扱えるようになるだけではなく、新しいことに挑戦したいと思い、(原子の制御技術はかなり進んでいましたので)共振器自身を工夫してみることにしました。というのも、量子光学分野で多く用いられていた共振器は、現象の観察が主目的で、そのためにはどれだけ面倒で難しい作業があっても良いという、最高精度のみを求めた構造をしていたからです。その精度向上も限界に近付いていました。周囲に目を向けてみると、電子デバイス技術を応用したナノフォトニクス技術が発展してきており、Kimble先生と同じCaltechのKerry Vahala先生がトロイド型微小共振器を開発したばかりでした。このトロイド型微小共振器を使って、より精度の高いキャビティQEDを作れないだろうか、と考えました。

この実現のため、文字通り休日返上で朝から晩まで研究室に閉じこもって実験する日々を送りました。もったいないことに、1年の滞在期間中に一度も観光に行かなかったほどです(笑)。それでも結果を出せない日々が続き、ようやくトロイド型微小共振器に閉じ込めた光と原子1個の存在を観察できたのは、なんと帰国の前々日。その時の感動は忘れがたい思い出です。

自分で完成させた新しいキャビティQEDでの観察を進めたいと思い、「さきがけ」専任研究員としてさらに1年半、Kimble研究室にお世話になりました。

測定結果が順調に出始めると、今度はナノフォトニクスデバイス自体をもう少し自在に作製できるようになりたい、と思うようになりました。それから2年強はナノデバイスやナノ光ファイバーの研究開発に携わり、腕を磨きました。

図1 Caltech 滞在中、自分で製作したキャビティQED装置の前で

これまでの経験をすべて注ぎ込む研究の立ち上げへ

2011年に早稲田大学に着任しましたが、実は、今なお研究環境は立ち上げ途中です。その時々で興味を持ってチャレンジしてきた研究テーマを、「ナノフォトニクスデバイスを用いた量子光学」として集約し、新たな第一歩として取り組もうとしています。ですから、当面の目標は早く研究室を立ち上げること、中期的には新しい実験系で量子光学における未知の現象を解明することです。理学と工学、両方やりたいと思って学科を選んだ気持ちを持ち続けているからこそ、工学分野であるデバイス技術を理学分野での観測技術として応用する、という考え方を持つことができているのだと思います。量子光を自在に扱う技術が発展すると、たとえば情報処理・情報通信技術が飛躍的に向上するでしょう。私が思いもしない使い道が、また別の分野の研究者・技術者によって、もたらされるかもしれません。

図2(左) 組み立て途中の新しい実験装置について説明する青木先生。先を終端させたナノ光ファイバー(ナノ光ファイバーレンズ)を用いて量子光の導入と閉じ込めを一気に実現できる
図3(右) ナノ光ファイバーレンズ

「美しい」学問を通して論理性を磨いてほしい

研究というものがどのようなものであるのか、卒業研究を始める時点では学生さんは知らないと思います。私もそうでした。実験科目や演習科目を履修してはいますが、それらは基本的に答えが用意されています。研究には、答えがありませんし、あるかも分からない状態で進めなければいけません。進めるための原動力が「考える」ということです。どのような実験をすれば知りたいことが分かるか、という計画段階から、得られた実験データが何を示しているのかに至るまで、とことん考え抜くしかありません。特に物理学は自然現象を論理的に説明する「美しい」学問ですから、思考もまた論理的である必要があります。この「論理的に考える」ということこそ、ぜひ学生のみなさんに身に付けて欲しいと考えている力であり、社会に出て仕事をする上でも必ず役に立ちます。論理的な説明やプレゼンテーションには、相手を説得し、感動させる力があります。

図4 作製したトロイド型微小共振器を電子顕微鏡で確認する青木研究室のメンバー

さいごに。私が学生のころ、「趣味は実験室で右往左往すること」とおっしゃった先生がいました。当時は「変なことを言う先生がいるな」とだけ思ったのですが、今現在の自分も、試行錯誤しながら装置を組んだり実験したり、考えたり議論したりしている時間を、確かに楽しいな、と思っていることに気付きました。この記事を読んだ学生さんがまた「変な先生がいるな」と思い、その中のひとりでも何年後かに「変な先生の仲間入り」をしてくれる日がきたらうれしいですね。

図5 ドーナツ状の部分がトロイド型微小共振器本体

研究室ホームページ

聞き手・構成

武末出美(早稲田総研イニシアティブ)
※所属・役職・研究内容はインタビュー当時のものです。

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