牧本 俊樹 早稲田大学先進理工学部・研究科に所属する教員の研究内容を紹介しています。

電気・情報生命工学科/電気・情報生命専攻

牧本 俊樹教授

Makimoto Toshiki

略歴 1985年 東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻修士課程修了後、日本電信電話株式会社(NTT)武蔵野電気通信研究所に入社。1993年に工学博士取得後、カリフォルニア大学サンタバーバラ校客員研究員、NTT基礎研究所・研究推進担当課長、NTT物性科学基礎研究所・特別研究員、研究グループリーダー、機能物質科学研究部長、物性科学基礎研究所長を経て2013年4月から現職。
主な担当科目 半導体工学特論、磁性と超伝導
電気・電子機器を駆動するLSI(Large Scale Integration;大規模集積回路)は、扱いやすさやコストの面から、シリコン(Si)半導体が主流です。一方で、さまざまな発光色をもつLED(Light Emitting Diode;発光ダイオード)や、大型薄型ディスプレイ、太陽電池など、近年急激に発展してきた分野では、化合物半導体※の存在が欠かせません。この化合物半導体の特性を引き出し、私たちの生活に身近なデバイスへと導くことを目指して研究を進めているのが、2013年4月から電気・情報生命工学科に着任された牧本俊樹教授です。

※化合物半導体:複数の元素を材料にしている半導体のこと。元素の組み合わせ方によって新しい特性を引き出すことが出来る。Si半導体に比べて扱いが難しく高価であるが、高速・低電圧駆動、光応答性などの優れた特性を持つ。

化合物半導体の時代がくる?

企業でSi半導体デバイスの開発・製造ひとすじだった父の影響を受け、大学では電子工学科を選びました。当時私は、「今はSi半導体がデバイスの主力でも、今後近いうちに、より良い半導体材料へと換わっていくに違いない」と生意気にも思っていましたので、卒業研究ではインジウムリン(InP)、修士研究ではヒ化ガリウム(GaAs)という、化合物半導体の特性評価に取り組みました。実は、この分野では基礎中の基礎である電磁気学が苦手で、悪戦苦闘の研究生活でした。しかしながら「難しいからこそ克服することに価値がある」、と自らに言い聞かせて取り組むうちに、自分なりのアイデアを出せるようになり、研究というものを次第に面白いと思うようになりました。

私が修士課程を修了した1985年頃は、今よりも博士課程進学への敷居が高く、一方で多くの企業がまだ自前で基礎研究所を持っていた時代でした。ですから私は、博士課程への進学ではなく、半導体の研究が続けられる企業を進路先として選ぶことにしました。一番に思いついたのは、父が勤めていた企業でしたが、まったく同じ道をたどることには抵抗があり、かといって他の半導体デバイスメーカーへ行く気にもなれませんでした。そこで、敢えてデバイスメーカー以外で(半導体技術の基礎となる)物理分野に強い企業ということで、ちょうど民営化したばかりの日本電信電話株式会社(NTT)に第1期生として入社しました。

大切な経験を積んだ30代、若手研究者時代

NTTに入りしばらくして、NTTのLSI研究所でトランジスタ※の作製技術を学ぶ機会に恵まれました。学生時代に化合物半導体を扱っていたものの、トランジスタを作製したことがありませんでしたので、非常に貴重な経験となりました。また、この時に出会ったメンバーとは、15年ほど後に窒化ガリウム(GaN)基板の実用化・販売の際、再び一緒に仕事をすることとなり、今思えば人的ネットワークの構築にも役立っていたのだと実感しています。

※トランジスタ:半導体デバイスのひとつで、電流を増幅させる機能をもつ。この発明によりコンピュータの小型化が飛躍的に進んだ。発明者たちは1956年にノーベル物理学賞を受賞。

カリフォルニア大学サンタバーバラ校での1年間の研修も私にとって貴重な財産です。異種の化合物半導体を接合して高速動作・高効率発光させる「半導体ヘテロ接合」技術を発明したHerbert Kroemer教授の研究室に受け入れていただきました。Kroemer先生からは、(どれだけ上の立場になろうとも)自分で作製・測定・分析する「現場主義」の行動指針を教わりました。また、このときの実験結果はKroemer先生との共著で論文として発表することができ、2000年に先生がノーベル物理学賞を受賞されたときは、ノーベル賞学者と自分の名前が並んだ論文を発表できたことを、誇らしく思いました。

図1 カリフォルニア大学サンタバーバラ校での研修時代

常識にとらわれないこと

これらの経験を経てNTT物性科学基礎研究所では、「常識をくつがえす」研究に挑戦してきました。

たとえば、窒化アルミニウム(AlN)の特性評価もそのひとつです。AlNはバンドギャップが大きいため、絶縁体として利用されてきました。一方で、電気を流すことができれば、そのバンドギャップの大きさゆえに「波長200~300ナノメートル(nm)の遠紫外光」の発光が得られると、理論上では予測されていました。AlNで高輝度のLEDを実用化することができれば、有害な水銀を用いている紫外線ランプの代替となり、紫外線特有の殺菌・滅菌効果を手軽に利用できるようになります。さらに、レーザー発振に成功すれば、現在のLSI製造工程に欠かせないエキシマレーザーの次世代候補となるかもしれません。

このような背景から、「絶縁体であるはずのAlNに電気を流し、AlNが半導体であることを証明する」という、前代未聞の課題に取り組みました。AlN結晶成長方法の工夫による品質向上についてだけでも論文にまとめることは可能でしたが、さらに、LED作製にまで手を伸ばしました。当時、グループリーダーの立場にあった私は、研究成果を社内外にアピールし、研究所の存在意義を理解してもらう必要性を感じていました。それには、結晶の品質向上によって電流が流れた、というだけでは不十分だと考え、LED作製に必要な要素実験を繰り返し、さらに半年ほどかけて波長210nmの遠紫外光を発光させるに至りました。これらの成果は、世界で権威ある科学誌の一つであるnature誌に掲載され(Nature 441, 325-328 (2006))、その結果多くの新聞に取り上げてもらうことができ、世の方々が目にするところとなりました。タイミングが少しでも遅ければ他の研究グループに先を越され、せっかくの成果が台無しになっていたかもしれません。努力の賜物である研究成果を最も活かす手段については、成果を論文にするタイミングや発表する論文誌、そして社会の興味を引くインパクトのある魅せ方(今回の例でいえば、発光させてみせたこと)など、常に考えるようにしています。

この成果をもって、この後は管理職街道まっしぐらとなり、実験からは少し距離をおいて研究に関わることになりましたが、できるだけ判断力が鈍らないよう、現場主義を常に心がけました。そのおかげで、この4月に大学に移っても勘を取り戻すのが早かったように思います。

図2 AlN LEDの顕微鏡写真(左)と断面模式図(右)

大学での挑戦

たとえば、太陽電池を作製する技術はある程度確立された技術と言っていいかもしれません。だからこそ、飛躍的な高効率化や価値を生むための、付加技術が必要です。2012年まで携わっていた「薄くて軽い半導体デバイス」もそのひとつになりうるものと考えています。

デバイスの重さはそのほとんどが基板で、化合物半導体デバイスにおいては結晶を成長させるための土台でしかありません。そこで、基板と化合物半導体デバイスの間に窒化ホウ素(BN)という層状物質を挟みました。そして、この構造に機械的な力を横から加えることにより、半導体デバイスだけを基板からはがす、という方法を開発しました。この方法で作製した超薄型LEDが通常のLEDと同様に発光することも確認済です(Nature, 484, 223–227 (2012))。

図3 薬品を使わずに化合物半導体デバイスだけをはがす

はがした後の半導体デバイスが「薄くて軽く、透明」という特長を活かし、どこにでも貼ることができる太陽電池や大型LEDディスプレイなどに応用できるのではないかと考えています。これらはほんの一例で、工夫次第で半導体工学は私たちの生活にまだまだ貢献できますし、是非みなさんにその用途を考えてもらいたい。私がこれまでに培った材料・デバイス作製の両方に関する知識・技術、そして大学ならではの自由な雰囲気の中で、さらにチャレンジングな研究を進めていきたいですね。その中で「よい学生」を育て、世の中に送り出していきたいと思います。「よい」を私なりにいうと、「信頼を得られる人間であること、そのための努力・行動ができること」、です。欲を言えば、自分を理解してもらうための努力をしてほしい。良い研究データ、あるいは何らかの成果を出せたとしても、相手に分かるように説明できなければ、評価されない場合があるからです。一方で、一度信頼を得ることができれば、自分自身の自由度・可能性はさらに広がるでしょう。

これらは誰もが分かっていることですが、ある日突然できるようにはなりません。だからこそ、学生の間に日々訓練するのです。その手助けをしていきたいですね。

図4 分子線エピタキシ(MBE)装置

研究室ホームページ

聞き手・構成

武末出美(早稲田総研イニシアティブ)
※所属・役職・研究内容はインタビュー当時のものです。

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