安倍 博之 早稲田大学先進理工学部・研究科に所属する教員の研究内容を紹介しています。

物理学科/物理学及応用物理学専攻

安倍 博之准教授

Abe Hiroyuki

略歴 2003年 広島大学理学研究科物理科学専攻博士課程後期修了、博士(理学)。2003-2005年 韓国科学技術院(KAIST)ポスドク研究員、2005-2006年 京都大学理学部フェロー、2006-2008年 日本学術振興会(JSPS)特別研究員(PD)(京都大学基礎物理学研究所)、2008-2009年 東北大学GCOE助教を経て、2009年4月から現職。2008年、高次元超重力理論のコンパクト化で現れる軽い粒子の力学を正確に記述できる有効理論を系統的に導出する方法の提案により素粒子メダル奨励賞を受賞。
主な担当科目 力学A・B、量子力学C、非線形現象の数理、素粒子物理学特論A、量子力学特論A、量子力学概説
物質の最も小さな構成要素を素粒子と呼んでおり、性質によって、電子に代表されるレプトン、陽子・中性子を構成するクォーク、それら物質粒子の間に働く力を媒介するゲージ粒子に分類されています。これら素粒子が相互作用することで、私たちの世界が存在し、あらゆる現象が起こっていると考えられていますが、そのすべてを説明できる理論は有史以来、未だに完成していません。この難題に、現象論的側面から挑んでいるのが、物理学科の安倍博之准教授です。

自然界の深遠に近づきたい

中学生の頃に「相対性理論」という言葉を知り、調べれば調べるほど、興味が湧いてきました。自然界の深遠には日常生活での直感だけでは簡単に理解できない法則が存在し、私たちの世界はそれらの法則に従って形作られて動いているという現実の一端を知り、とてもワクワクしたことを思い出します。この世界の根源にある物理法則を知りたいと思い、理学部を選び、素粒子物理の道に進みました。おそらく、この分野に携わる多くの方が頷かれる経緯ではないかと思います(笑)。

卒業研究はアハラノフ・ボーム効果(AB効果;実際の電磁場がない場所でも、電磁場ポテンシャルが存在すれば電子はその影響を受けてふるまうという現象)をテーマにしました。AB効果は、故・外村彰さん(日立製作所)が1980年代に世界で初めて実証した現象です。私も、外村さんの書かれた文献を読みながら理解を深め、電子の初期条件などを変えたシミュレーション(理論計算)を行いました。この研究を通して、古典物理学においては便宜的に用いていただけのポテンシャルという概念が、量子論で解くと確かに実体として存在しているのだと分かるようになりました。研究を続けることで、もっと多くの物理現象を理解できるに違いないと思い、修士・博士課程と進学しました。

量子論の世界を実感して研究者に

私たちの世界は、物質を構成する素粒子と、そこに働く「4つの力」(重力・電磁気力・強い核力・弱い核力)によって成り立ち、さらに力はゲージ粒子と呼ばれる素粒子の受け渡しによって生じていると考えられています。4つの力は、それぞれ大きさが桁オーダーで異なり、特に重力は極端に小さいということが知られていますが、その理由は分かっていません(階層性問題)。また、4つの力を量子論でうまく説明するためには、通常認識できている4次元(空間3次元+時間1次元)以外にも見えない次元=余剰次元の存在が必要だと考えられています。1990年代後半の大学院生当時、この余剰次元における力学や幾何学が、力の階層性を生んでいるのではないかという議論が世界中で盛んに行われていました。そこで、すでに実証されている力を説明する理論(標準理論)に対して、超対称性や力学的対称性の破れといった個別に提案されている仮説に加えて、さらに余剰次元の存在も仮定することで、大きな力と、通常であれば打ち消されてしまうようなごく小さな力とが共存しうるというモデルをいくつか提案しました。この研究で博士号を取得した後、韓国の大学で博士研究員として雇用され、職業としての研究者を目指す第一歩を踏み出しました。博士研究員時代には、それまで考慮していなかった「超重力理論」をモデル導出の際に組み込むようになり、少しずつ研究の土台を広げていきました。その後、いくつかの機関での博士研究員、助教を経て、2009年から早稲田大学に着任しました。

素粒子物理分野では大学院生も一人の自立した研究者として扱われますし、教員も「さん」付で呼ばれる文化があります。ですから、学生に対して指導する、というよりは共同研究するといった感覚なのですが、研究に限らずあらゆる場面で物事の本質を見極めて行動すること、はお薦めしています。何かが起こったときに、ただやり過ごすのではなく、何故そうなったのか・どうしたらそうなるのかなどを良く考えてから判断する癖をつけると良いのではないでしょうか。基礎科学的な物事の見方と言えますが、様々な要素や要因が複雑に絡み合った現代社会で自分を見失わないためにも、重要なことだと思っています。

トップダウンとボトムアップを相補的に

究極的には4つの力を統一的に矛盾なく説明できる理論を完成させることを目指していますが、もちろん一足飛びというわけにはいきません。この大きな目標に対して、トップダウンとボトムアップの2つの方針を並行して進めています。

トップダウンとしては、統一的理論の最有力候補である超弦理論を用いて、実験的に確証が得られている標準理論が再現される状態・状況を探しています。超弦理論では、素粒子の基本構造を0次元の点ではなく振動する1次元の「ひも」として考え、振動の仕方によって素粒子の種類が変わると考えます。3次元空間で「ひも」を振動させるだけではうまくいかず、量子論との整合性から超弦理論には10次元が必要だとされています。私たちの存在する4次元時空を超える6次元の余剰次元は非常に小さく丸めこまれているものと考え、私たちは直接認識することができません(余剰次元のコンパクト化)。コンパクト化する手法ひとつをとっても何通りもあり、さらにその上で展開される力学や幾何学は無限とも言えるでしょう。ですから、実験によって確証されている値を意識して議論を進めることが重要だと考えています。

一例を示しましょう。2013年10月、素粒子に質量を与えるヒッグス粒子の存在が確定しました。多額の予算をかけて建造した大型ハドロン衝突型加速器(Large Hadron Collider;LHC)を使い、各国から集った非常に多数の実験研究者が各々の技能をフル活用し、長年かけてようやくたどり着いた、血と汗と涙の結晶です。ヒッグス粒子の質量が測定されたことで、トップダウンの立場では余剰次元のコンパクト化(より厳密にはコンパクトな余剰次元の安定化)の方法がかなり限定されることとなりました。逆にその限定された状況を理論計算上で再現すると、ヒッグス粒子以外の不確定要素も確定されることが分かりました(つい最近、これに関するプレプリントを公表したばかりです;H. Abe, J. Kawamura and K. Sumita, “The Higgs boson mass and SUSY spectra in 10D SYM theory with magnetized extra dimensions”, arXiv:1405.3754)。つまり、統一理論に基づいた考察では、新たな粒子や現象の予言を導き出すことができます。このような予言は、実験研究者に対して、将来どのような実験を進めるべきかの指針を与えうるものだと思います。

図 すべての力を説明できる統一理論:ひとつのシナリオ

一方の、ボトムアップとしては、標準理論の拡張です。標準理論には多くの自由パラメータがあります。「パラメータを上手く選ぶと実験結果と一致するので、おそらくこの理論は間違いないだろう」という状況にありますが、なぜそのパラメータが選ばれるのか、という理由・根拠を明らかにしたい。根拠となる理論を加えて、徐々に標準理論を拡張させていくことで、次第に多くの現象を説明できる理論になっていくわけです。その先には超弦理論があるのかもしれませんし、全く新しい別の理論が見えてくるのかもしれません。

私はこの両方を相補的に研究することで新しい知見が得られるのではないかと考えています。トップダウンの手法では起点である超弦理論が文字通り「次元の違う話」であるため、理論上では議論できても、なかなか実験・観測結果と合うような理論からの予言が得られず、確証に至りません(ヒッグス粒子は予言から約50年、LHC稼働から5年かかって発見されました)。一方のボトムアップでは、実験結果に合うように徐々に進めて行くのでうまくはいくのですが、「木を見て森を見ず」のような状態に陥りがちです。多くの研究者はどちらかの視点に固定して研究を進めていますが、私は敢えて両側から攻めています。直近では、トップダウンの手法に少し重きを置いて進めつつも相補的に理論を拡張しながら、素粒子統一理論の詳細な姿を明らかにしていきたいですね。そして究極の夢は、私たちの世界で起こるあらゆる現象を表現できる理論を知ること。中学生のころからの夢が、今も続いているのです。

研究室ホームページ

聞き手・構成

武末出美(早稲田大学アカデミックソリューション)
※所属・役職・研究内容はインタビュー当時のものです。

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