片岡 淳 早稲田大学先進理工学部・研究科に所属する教員の研究内容を紹介しています。

応用物理学科/物理学及応用物理学専攻

片岡 淳教授

Kataoka Jun

略歴 2000年 東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、博士(理学)。2000年 京都大学学振特別研究員PD、2001年 東京工業大学助手、2007年 同助教、2009年 早稲田大学理工学術院准教授を経て、2014年から現職。2009年度 NASA Group Achievement Award、2012年度 文部科学大臣表彰(若手科学賞)、2014年度 早稲田大学リサーチアワード(国際研究発信力)受賞。
主な担当科目 放射線計測学A・B、粒子実験特論A、放射線応用物理学演習、Intermediate Mechanics
一般的な天体望遠鏡は可視光を用いて月や星を観察しますが、より遠くにある巨大ブラックホールや中性子星など特殊な天体、人間の眼には見えないけれども宇宙空間に存在している高温ガスや爆発現象を観察するためには、可視光よりも高いエネルギーを持つX線やガンマ線などの電磁波(放射線の一種)が有利です。この高エネルギー宇宙物理学の分野で、未知の天体を観測し、正体を解明するための放射線検出器や光センサーを開発しているのが、応用物理学科の片岡淳教授です。

"COSMOS"との出会いから高エネルギー宇宙物理の道へ

少年時代から宇宙が好きで、天体望遠鏡を自作して毎日観測するような、凝り性の少年時代を送ってきました。宇宙に決定的な憧れを抱いたのは、カール・セーガン博士の “COSMOS” という大判の写真集を親に買ってもらったときです。宇宙の最遠方にある謎の天体として「クェーサー(準星)」が紹介されており、この天体の正体を自分で調べたい、と思ったのです。その好奇心のままに、物理を専門として選び、今に至ります。

卒業研究では故・折戸周治先生の下で、いまもダークマター(宇宙の大部分の質量を占めると言われ、目では見ることができない物質)のひとつの候補とされる「ボソン粒子」の探索という、学部生にしてはチャレンジングなテーマをいただき、研究の面白さを体感しました。しかしながら、この分野の研究を極めようとすると小規模なテーブルトップ実験では難しく、多くはKEK(高エネルギー加速器研究機構)やCERN(欧州原子核研究機構)などの大規模な素粒子実験機関で国際共同研究に参加することになります。素粒子物理は香りづけ程度として、あくまでも宇宙(天文)物理を主として研究を進めたかったため、折戸先生にも相談の上、修士課程から所属を宇宙科学研究所に変更しました。それ以降は一貫してX線天文衛星の検出器開発に携わり、博士号はASTRO-D(あすか;衛星は打ち上げ後に公募で名前が決まります)に搭載されていたX線検出器のデータ解析で取得しました。並行して次の衛星ASTRO-Eに搭載する検出器の開発も進めていたのですが、打ち上げ失敗で結果を得られず、5年後のASTRO-EII(すざく)再打ち上げで、ようやく日の目を見た、という苦い経験もしました。博士号取得後は、京大でポスドクとしてCANGAROO望遠鏡でのガンマ線チェレンコフ観測に1年間携わったのち、東工大で助手に就いてからは再びX線・ガンマ線宇宙物理の世界に戻りました。

ガンマ線検出・可視化をキーワードに、産業・医療応用へ

X線やガンマ線など、数keV(キロ電子ボルト)以上を持つ高エネルギーの電磁波=放射線を用いて観測することで、数eVの可視光では見ることのできない、宇宙における様々な現象や天体を新たに発見することができます。未知との遭遇、とでもいいましょうか、宇宙は壮大でロマンに溢れていますが、一方で、社会生活・産業等と一線を隔している感もあり、寂しく思っていました。しかし、過酷な宇宙環境・衛星内で正しく動作するセンサーというのは我が国のみならず世界のハイテク技術の粋ですから、これをうまく社会に還元しない手はありません。最近の一例ですが、2011年に福島第一原発の事故があり、放射線のプロとして自分に何かできる事があるはずだと考えていた矢先、浜松ホトニクス社から「除染に役立つ超軽量ガンマ線カメラ」の共同開発のお話をいただきました。さらに同時期、創造理工学部の大河内博先生からも福島・浪江におけるフィールド調査のご提案をいただき、これだ、と思いましたね。2013年9月には従来の1/4以下、1.9kgの重さのガンマ線カメラをまず開発し、さらに改良を加えフィールド調査も継続しながら、2014年7月には従来の約10倍の感度と高解像度を両立するガンマ線カメラを送り出すことができました。今後の除染作業に多少でも役に立てばと考え、さらなる開発に取り組んでいます。

図1 開発した改良型ガンマ線カメラ

「物理バカ」にならないこと

早大に着任した当初は理学(宇宙物理など)と工学(医療・産業・環境など)のスタンスの違いに戸惑うことが多々ありました。根っからの理学人間でしたので、ある装置を開発するにも、まずは素子開発、次は回路開発、ようやく筐体を組み上げてセンサーの形にして完璧に動作させる、という考えでした。一方で、工学は多少性能的に不十分であることが分かっていても、まず形にするところから入ります。イメージとしては豊臣秀吉の「一夜城」的なスピード感での開発でしょうか。理学畑から来た人間にとって、最初は「なんと雑なことを!」と思ったものですが、最近は慣れてきてむしろスピード開発で徐々に性能を向上していく方が自分に合うような気がしていますし、基礎開発に拘りすぎて「物理バカ」にならないように意識するようになりました。先の、ガンマ線カメラも工学的スタンスでの進め方ですね。

研究や応用のアイデアは、狙って出てくるものではありません。常に世間の諸事にアンテナを張り、捨て目を利かせること、また色々なことに興味を持つと、全く関係ない情報から自然に頭に浮かんできます。いつ思い浮かぶか分からないため、電車の中で慌ててメモすることも多々あります。実は、学生と全く関係ない議論をしているときに思いつくことが多く、こういうserendipity (思いがけない発見)は本当に喜びです。もちろん、大学教員と学生という立場ですから、たまには「教育的指導」も必要ですが、学生もできるだけ一研究者として接するように心がけています。研究者・教員とはいえ、知識量には限りがありますし、分からないことは分かりません(笑)。そのような私一人で考えたことを学生に押し付けるよりも、学生のアイデアや方向性を重視し、私は進め方を少しサポートするに留めた方が、はるかに効率的で、学生も生き生きと伸びて行きます。「自分でなんでもできると思わない事。できる人・得意そうな学生を見極めて仕事をお願いすること」も教員として必要なことだと考えています。

図2 学生が見つけてきた新しい情報に「いいね」と議論を始める片岡先生

2015年度打ち上げ予定のASTRO-H衛星での挑戦

ASTRO-Hの強みは 0.5keVから500keVの3ケタにもわたる非常に広いエネルギー帯で、過去最高感度の観測ができることです。科学がこれだけ進化した現在、先人の目を逃れた面白い現象・物理は「今まで誰も見ていなかった感度・波長」で初めて見えてきます。ASTRO-Hの開発で早大チームは硬X線撮像検出器(HXI:Hard X-ray Imager)、軟ガンマ線検出器(SGD:Soft Gamma-ray Detector)チームの一員として頑張っており、特にここで用いられるAPD(Avalanche Photodiode)と呼ばれる高性能光半導体素子は、我々が2000年頃から開発を始め、2008年に5kg小型衛星を用いて最初の宇宙動作実証、その成功を受け、ASTRO-HやCALET (国際宇宙ステーションの日本実験モジュール「きぼう」船外実験プラットフォームに設置される予定のカロリメータ型宇宙電子線望遠鏡;早大の鳥居祥二 教授が主導するプロジェクト)などでも搭載予定の新しいセンサーです。半導体光センサーですから、従来用いられてきた光電子増倍管などより圧倒的に小型・コンパクト・省電力で、リソースの限られた宇宙実験にまさに最適なセンサーです。他にも、ASTRO-H はX線領域でエネルギー分解能0.1% を達成することが可能で、超新星残骸や銀河団など、激しく膨張するプラズマのダイナミクスや、量子力学的な物理状態まで深く解き明かすことを期待しています。

図3 右から従来の光電子増倍管、2008年に医療用として開発したAPD素子、福島用ガンマ線カメラで使用したMPPC素子。代を追うごとに小型化し、性能が向上している

製品化した技術からガンマ線宇宙物理への逆展開、医療への横展開

ガンマ線宇宙物理の領域であれば、1-10 MeVの帯域は「宇宙物理に残された最後の砦」ともいうべき謎多き波長帯です。超新星爆発に伴う元素合成や未知ガンマ線天体観測など、面白いテーマが山積みですが、観測が難しく、1990年頃にNASAの巨大衛星による比較的「浅い」観測が行われた他は、ほとんど未開の地として残っています。我々が福島での除染・計測用に開発したガンマ線カメラは2kg級と非常に小型ですので、巨大な衛星を用意しなくても50kgクラスの小型衛星に搭載可能で、簡便かつ安価に、ガンマ線で初めて「深い」観測をできるのでは、と狙っています。早稲田発の衛星(WASEDA-SAT)などに搭載できれば最高ですね。一方で、同カメラの解像度を突き詰めると今度は様々な医療応用の道が拓けます。多様な放射性元素を用いた分子イメージングやガン治療に役立つ陽子線ビームオンラインモニタなども開発できると考え、学生とワクワクしながら次世代医療用検出器の設計も始めています。小型衛星によるガンマ線天文学の開拓は10年越しの先の長いテーマになりますが、医療応用は5年程度をメドにしており、迅速に成果やプロダクトを社会にフィードバックしていきたいと考えています。

研究室ホームページ

聞き手・構成

武末出美(早稲田大学アカデミックソリューション)
※所属・役職・研究内容はインタビュー当時のものです。

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