竹山 春子 早稲田大学先進理工学部・研究科に所属する教員の研究内容を紹介しています。

生命医科学科/生命医科学専攻

竹山 春子教授

Takeyama Haruko

略歴 1992年 東京農工大学工学研究科物質生物工学専攻博士後期課程修了、博士(工学)。マイアミ大学海洋研究所研究員、東京農工大学工学部助手・助教授・教授を経て、2007年4月から現職。
主な担当科目 微生物学、分析化学B、生命分子工学特論
地球上にいる微生物のうち、そのほとんどが培養に成功しておらず、結果としてその性質・特徴を知ることができていません。特に海には、陸上よりもさらに培養困難な微生物が多いことから、海は多くの可能性を秘めた宝箱だと期待されています。海の微生物=海洋微生物を対象に、最先端の遺伝子工学とラマン分光分析技術やマイクロ流体デバイスなどの最先端技術を駆使してマリンバイオテクノロジーの研究開発を進めているのが、生命医科学科の竹山春子教授です。

最新のバイオテクノロジーでサンゴ礁を保護する

地球の7割を占める海には、陸上以上に特殊な環境に適応した多種多様な微生物が存在しながらも、培養が難しく、その機能情報をほとんど蓄積することができていませんでした。逆に言えば海は、医療やエネルギー問題に役立つ可能性を秘めた、まだ見ぬ生物の宝庫というわけです。この海からキラキラの宝石を取りだすために、様々な研究手法が開発されてきました。例えば、培養して微生物の存在・性質をひとつずつ確認するのではなく、海水(あるいは海底土壌)に含まれる微生物のゲノムDNAを直接抽出(このゲノムDNAをメタゲノムと呼びます)して解析するメタゲノミクスや、その場・その時間に機能している遺伝子のメッセージであるRNA(mRNA)情報を網羅解析するメタトランスクリプトーム解析が行われています。これらの情報によって、どのような微生物が、どのような機能を発揮してその生態系で棲息しているかを解明することができるようになってきています。この他、全タンパク質や代謝物質を網羅的に解析するメタプロテオーム、メタメタボロームなどのオミックス解析手法も取り入れられるようになってきました。

これらの解析手法を駆使して2012年度から、「沖縄を現場としたサンゴ礁の環境変動を予測するシステム構築」を目的とした研究を開始しました(CREST事業)。早稲田大学(竹山)が研究統括を担当し、他に琉球大学、京都大学が参画してそれぞれの強みを生かした研究体制を構築しています。サンゴ礁は生物多様性が高く、地球規模でその保存が重要視されています。しかしながら、環境変化に弱く、水温上昇による白化現象や、赤土流入による礁域減少とそこからの回帰を繰り返していますが、その詳しい成り立ちと環境の理解、保全・再生の方法は確立していません。そこで私たちは、サンゴ礁を理解し、安定した環境を維持するためのリスク変動予測手法を確立しようとしています。手始めに年間を通じてサンゴ共在微生物をその遺伝子情報を基に解析し、環境指標となる情報を得ようとしているところです。サンゴ共在微生物の多くは、ヒトや脊椎動物共生微生物と同様に、何らかの機能を持って存在していると考えられていますから、その機能を解析することで、新たな知見が得られるのではないかと期待しています。

写真1 沖縄のサンゴ礁(琉球大学 中野義勝氏 撮影)

微生物との出会いが、マリンバイオテクノロジー研究人生を拓く

サンゴ礁など海の生物を対象として研究するマリンバイオテクノロジーの分野に携わるようになったのは、一度就職した後のことです。

元々は動物保護に興味があり農学部に入ったものの、山での動物調査のお手伝い等を通して動物保護の現場を垣間見ると、一生の仕事にするのは難しいと感じるようになりました。長く続けられる仕事を、と次の「種」を探していた折、学部3年生の授業で「微生物」に出会ったのです。微生物を環境浄化に役立てるための研究があることを知り、動物から環境に替わるものの、保護に関わる仕事ができるかもしれない、と思ったわけです。とはいえ、卒業研究と修士研究を通して、微生物に関する基礎研究を環境保護に直接役立てることもまた難しいと感じ、一度社会に出ることを選びました。実は入社と同時に、既に大学に出向して共同研究をすることが決まっており、その出向先というのがマリンバイオテクノロジーの先駆者である東京農工大学工学部の松永是(現、東京農工大学長)先生の研究室でした。海の微生物から有用資源を見出し利用を考える、という研究が気に入り、結局、数年後会社を辞めて工学部で新設されたバイオ系の博士課程に進学しました。ここから本格的に松永先生の指導を受けることになりましたが、出向の時とは段違いに厳しくなりましたね。ストレス性蕁麻疹と戦いつつ、博士号を取得しました。博士課程の途中から共同研究のためマイアミ大学海洋研究所に行く機会も得られ、その後のポスドク研究員期間も含めて合計2年半程滞在しました(その間結婚)。

帰国後の半年間、出産、専業主婦をしていた時期もありましたが、東京農工大助手のポストのお話しをいただいた瞬間に飛びつき、そこから本格的な大学教員としての生活が始まりました。東京農工大で、助手から最後教授まで務めることになりましたが、2007年から早大に移り、国立大と私大との違いなども学ぶ日々です。微生物に関する基礎研究から工学部的な視点での資源応用の研究を経て、現在はサンゴ礁も研究対象に据えるなど、学部生時代に目指した「環境保護」という視点を取り入れた研究を進められるようになってきました。

写真3 マイアミにて挙式後、女性参列者と一緒に(中央、白いドレスの女性が竹山先生)

解析手法の開発を武器として、多様な分野の研究者とコラボレーション

工学部で学んできたためか、必要とする解析手法の技術開発を自分で行う姿勢が身についたと思います。例えば、半導体加工技術を応用して作られた幅数十マイクロメートル(μm)程の微小流路を有するデバイスを用いてマイクロビーズを高速生成し、微生物を個別封入することで新しい単一細胞=シングルセル解析ができる実験系を立上げました。この手法を用いると、個々の微生物のゲノム情報や生産する物質などを解析することができ、培養できない微生物を解明する手掛かりを得るための強力な武器になると考えています。また、1秒間に1000個程度のドロップを作成可能なことから、各ドロップを反応場とした超ハイスループットスクリーニング(探索)も可能となります。また、ラマン分光法を用いて、微生物が生産する物質を、細胞を破砕することなく解析することが可能になり、有用物質を生産する微生物をシングルセルレベルでスクリーニングすることも可能となってきています。

図1 マイクロ流体工学を用いたマイクロドロップレット作製

当初は私自身が必要に駆られてこのような研究を展開してきましたが、学会発表や共同研究などを通して、自分以外にもその解析手法を欲している研究者が沢山いることが分かり、それまで以上にツール開発に力が入るようになりましたし、どんどんこれらの技術を提供しています。また、シングルセル解析は、海洋微生物のみならず、再生医療で着目されている心筋細胞や神経細胞、がん細胞から酵母、ホヤに至るまで幅広い細胞を対象として、各細胞のエキスパートと共同研究を行っています。また最近では、遺伝子解析により得られるビッグデータを蓄積して活用するバイオインフォマティクスの領域にまで踏み込む必要に迫られて、いまだに勉強の毎日です。このバイオインフォマティクスに代表されるように、生命系の研究者や技術者であっても高速化大量化する分析データを適切に扱い、利用するスキルを身に付けることが不可避になるでしょう。いち教員として、社会に必要とされる人材を育成する責任があります。私1人で全てを教えることは難しくても、早大が包含する幅広い分野の教育・研究者と、時には学外・国外の先生方とも連携しながら、理想とする教育も実現すべく奮闘しています。

写真4 研究室には国内外から多くの共同研究者が集い、活発な議論が行われている

新しい研究領域で新しいことに挑戦し続ける

マリンバイオテクノロジーはまだ新しい研究領域ですが、特に、四方を海に囲まれた日本にとって、継続的に推進する必要があります。ここで開発した技術や手法を多くの研究者にどんどん活用してもらうことで、日本におけるマリンバイオ、バイオサイエンス研究の発展に貢献できたら嬉しいですね。私自身も含めて研究者は、周りをよく見て、どんな技術があり、どのように利用したら新しい発見ができるか、どんな連携が可能かなどを常に考え、積極的にアクションすることが必要です。学生にもそのマインドは持ってほしいと常日頃から話をするように心がけていますし、彼らが次の時代を背負って行くことを考えると、とても期待が膨らむ毎日です。サンゴ礁研究では、船に乗らなくてはサンプリングができませんが、東京育ちの学生は意外に船に乗って自分が船酔いするかどうかを知る経験もしたことがないことが多いのに驚きました。今は、研究室のどの学生が船に強いかわかっており、それによって人選してサンプリングに行っています。教育者・研究者人生も残り時間が少なくなってきましたが、守りに入るのではなく、これからも新しいことに挑戦し続けていきたいですね。

写真5 TWIns(先端生命医科学センター)のオープンラボでは、学生も日夜実験に励む

研究室ホームページ

聞き手・構成

武末出美(早稲田大学アカデミックソリューション)
※所属・役職・研究内容はインタビュー当時のものです。

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