中尾 洋一 早稲田大学先進理工学部・研究科に所属する教員の研究内容を紹介しています。

化学・生命化学科/化学・生命化学専攻

中尾 洋一教授

Nakao Yoichi

略歴 1964.06.29 福岡生まれ(広島育ち)
 ・広島県私立修道高校卒
 ・東京大学農学部水産学科卒
 ・東京大学大学院農学系研究科水産学専攻博士課
  程修了
 ・ハワイ大学化学科・博士研究員
  (JSPS海外特別研究員)
 ・東京大学大学院農学生命科学研究科・助手、講師
 ・早稲田大学先進理工学部化学・生命化学科・准教
  授、教授
主な担当科目 (GEC科目)海への誘い
(学部)生命化学C、D、生命化学実験、理工学基礎実験、化学C
(大学院)ケミカルバイオロジー特論

発酵食品の機能性を見つける

「味噌汁を毎日飲めば健康でいられる」「納豆は体にいい」など、伝統的な発酵食品は体にいいとよくいわれていますが、それはなぜだか考えたことがありますか? 栄養素を基に考える食品化学の世界では、多くの場合ミネラル、ビタミンなどの働きを根拠として説明がなされています。最近では、カテキンやイソフラボンなどの効能が「体にいい」ともいわれています。しかし、本当にそれだけが「体にいい」原因なのでしょうか? 食品には、私たちの知らないものがもっと隠れているのではないでしょうか? 私の研究室ではこの考えを基に、「体にいい」「健康を保てる」とされる発酵食品の中に、生体に何らかの作用をもたらす(=生理活性を持つ)化学物質がないか探っています。
もともと、研究室では海綿、軟体動物、ホヤなどの海洋生物から薬のもとになる物質を探す研究をしており、今も発酵食品の研究と並行して研究を進めています。どちらの研究も「天然に存在するものから健康に役立つ物質を探そう」という発想から始まっていますが、両者の研究には大きな違いがあります。つまり、薬になるような物質の強く速効性のある作用は比較的発見しやすいのですが、食品のように毎日摂取することで効果が出てくるような、弱く遅効性の作用はなかなか発見できません。食品中の弱い作用を見つけることは、薬の強い作用を見つけるよりもずっと難しいために、薬とは違うアプローチが必要になります。

さまざまな海洋生物

スイッチのON・OFFが研究の鍵

そこで私は、遺伝子のスイッチに着目して食品の作用を探すことにしました。遺伝情報は細胞の中にあるDNAを構成する塩基の配列によって伝えられます。その塩基配列がコードする遺伝子が使われるかどうかは、DNAそのものやヌクレオソームを形成しているヒストンタンパク質の化学修飾によって厳密にコントロールされており、これがいわゆる「遺伝子のスイッチ」と呼ばれるものです。約2万ある遺伝子について、それぞれのスイッチのON・OFFの組み合わせによって細胞の性質は大きく変わり、細胞の分化、ガン化、老化などの変化が引き起こされます。では、スイッチの変化を一つ一つ分析していけば、食品にある未発見の作用も見つけられるのではないか。例えば、細胞をガン化させるスイッチをOFFにする物質が味噌にあるならば、味噌を毎日食べていれば、ガンになりにくい体になれるかもしれない。つまり、化学の根拠をもって「味噌を食べていれば健康長寿でいられる」ことを証明できるのではないか――。私はそう考えています。

味噌が示した抗ストレス作用

2017年3月まで行っていた農林水産省の研究プロジェクトで、味噌から抗ストレス作用のある物質を見つけることができました。味噌の発酵過程で作られる物質が、ヒストンタンパク質の修飾を変化させることが分かったのです。同時にこの物質には、神経幹細胞からアストロサイトという神経細胞への分化を促進する効果も確認できました。アストロサイトは脳内の海馬という組織にあり、うつ状態になるとその数が減少してしまうことが知られています。そこで、この物質を与えたマウスと、与えなかったマウスに、それぞれ1週間ストレスを与えて比較してみたところ、この物質を与えたマウスで抗うつ作用が認められました。
これらの研究結果は、「毎朝、一杯の味噌汁がうつ病を防ぐかもしれない」という期待を生みました。現在は、食品メーカーと共同で商品化につなげられるか模索しているところです。
食品の機能性の解明は、国が進める予防医学の分野とも関連するため、この先の研究では医学だけでなく、スポーツ科学など関連の分野とも連携したいと考えています。また、大学院情報生産システム研究科とともに、膨大な遺伝子データの解析にAIを利用することも考えています。早稲田には多様な研究をしている教員がいるため、こうした学内のネットワークを強みとして研究に生かすことができます。

機能性のある味噌の試作品

大学で運命の出会いをしよう

私の研究分野は食品や生物に関わるので、現場第一主義です。海洋生物の研究では、生物を採集するために自ら海に潜り、生物がどのような環境にいたのかなど、目で見た記憶も研究に生かします。食品の機能性の研究でも、味噌メーカーと連携して仕込みの現場を見るなど、目で見て肌で感じることを基本にしていくつもりです。もちろん研究はうまくいくことばかりではなく、壁にぶつかることもありますが、味噌汁を食べたり、海洋生物を飼育したりと、明るく楽しく研究を進めています。「早稲田の理工」というと、ロボットや建築といった、伝統的な理工学のイメージを持つ方も多いと思います。もちろん、伝統ある研究分野を大切に守ってゆくことは基本ですが、私は早稲田の学生の特長である遊び心や明るさを生かして、勢いのある新しい研究分野を切り拓いてゆきたいと考えています。そこから人間の健康につながる成果が生まれれば、こんなすばらしいことはありません。
私は、学生生活は「自分が何をしたいのか、何をしたら楽しいと思うのか」を見つけられる場所だと思います。これまではルールに従った勉強をしっかりと身に付けてこられた皆さんですから、大学では理工学術院の学生として、研究でも運命の出会いをしてほしいと願っています。出会いのヒントは、学内にたくさんあるはずです。

この記事は「理工学術院パンフレット (2018年4月発行) 」に掲載された内容を基にしています。

研究室ホームページ

※所属・役職・研究内容はインタビュー当時のものです。

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